五反田のウェブ&グラフィックデザインスタジオ:コスミックエンジンの社長ブログ

カテゴリー:デザインごと

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コミュニケーションプラン

writer meijin writer 2010年04月14日 10:36

SEOもそういう観点から発想すべきだと思うのだけど、ウェブサイトのデザインを考えるとき非常に重要なのが「コミュニケーション」のプランニングだ。

基本的には、誰に何をどこでどのように伝えるかということなのだけど、これまで僕ら制作会社の範疇では、「誰に何をどこで」というところまではメディアの仕組みで決まっていて、「どのように伝えるか」という部分だけを計画すれば良かった。

でも、今は違う。
違うのだけど・・・今でも多くの人が「ホームページがあればなんとかなる」「綺麗なデザインであれば効果が高い」と考えているようだ。
それはテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、インターネット・・・・と、こんな風に「インターネットは新しいメディアだ。ホームページは広告だ」と捉えてしまう、ある種の誤解から生じている。

インターネットそのものはメディアではない。広告でもない。
仮に自社のホームページを作るとすれば、それ自体がメディアでない限り広告効果は通常ゼロである。広告効果を求めないのであれば、我々のような制作会社に高いフィーを払って作る必要もない。今では無料でウェブサイトが作成可能なのだから。


閑話休題。
もともと僕らグラフィック制作会社というのは、クライアントや広告代理店の作成したコミュニケーションプランに基づいて、最大の効果を得るためのビジュアルを考えるのが使命であって、それが成果物だった。
今、ウェブ制作の現場では、コミュニケーションプラン自体が曖昧なケースが非常に多い。そんな土台やストーリーが曖昧なまま、ビジュアルだけで何かが解決できるなんてことは、到底あり得ない。
だから僕らが結果を残していくためには、制作物がどのような環境に置かれるのかを把握し、「誰に何をどこでどのように伝えるか」を見極め、必要なコミュニケーションプランを考える必要がある。

ウェブマーケとウェブサービスの進化によって、僕らのような制作会社(やクライアント自身)にも必要なデータを集めることが出来るようになってきたこと、同様に消費者自身もさまざまな情報を収集することが出来るようになったこと、そしてウェブが企業の広告・マーケティング・・・つまりコミュニケーション戦略にとって重要な位置を占めるようになったから、この「コミュニケーションプランの不在」がとりわけ今問題になっていてるのだろう。

どのように集客するか、どのように伝えるか、意図した結果が得られているか、次のコミュニケーションはどうするか、というサイクルを取り入れたクリエイティブ。これ自体は決して新しいものじゃないけど、マスマーケ主体だったころは一部の大企業しか持ち得なかったこれらのスキル、ノウハウを、時代の、コミュニケーションの変化によって今誰もが同一平面上で考えるようになってきたということかもしれない。

読み終えた感想。やっと追いついた・・・かも。:Web屋の本(2006年刊)

writer meijin writer 2010年04月16日 15:16

昨日の続き。
所々斜め読みになってしまったけど、一通り読み終えた。
Web屋の本 ~ Web2.0,ビジネスサイト2.0,Web屋2.0 【技術評論社】

内容自体、もはや刺激的ということはないのだけど古さを感じないし、実はWEB2.0関連書籍は読んだことがない・・・というか、この数年はほとんど読書をせず、ネットのリソースつまみ食いしてただけだから、読書という行為自体が新鮮だったりもした。

ネットに散らばった情報と違って、一冊の本というのはキリがあって良い。また、少なくともその1冊の中では何某かの体系とか思想、哲学のようなものがあって、それゆえ一冊という単位を読み終えることに一定の意味があるのだろう。

さて、読み終えた感想・・・書評ではなく、自身の感想として。
日々さまざまな技術やトレンド、情報に触れ、仕事をしながら生活をしながら感じ考えてきたことを、ある程度体系立ててまとめることが出来たように思う。
自分自身が部分的に触れてきた情報がようやくまとまって認識できたんだけど、やっとここに追いついた。3年ビハインドかぁ。精進しなきゃ。

これとは別に、アンチWEB2.0の本が同時期に出ているらしく、書評を見たところによると(僕はその本を未読なので、あくまで他人評として)、どうもWEB2.0はリアルを見ずにネットだけを見て盛り上がっている、それは間違っているという内容らしい。

確かに、ある意味でその批判は正しい。WEB2.0はすごい、正しい、使いなさいといって押しつけても、ビジネスとしてWEBを利用する必然性がない人にはただの騒音、馬鹿騒ぎである。
ましてやWEB2.0的サービス(ビジネスモデル)によって既存ビジネスモデルが崩壊し、市場構造が変わってしまう事により迷惑を被る人だっている。


少し関連する思考で面白い記事があるので触れておくと、
日経新聞電子版で考える「電子出版物の価値とは何か?」 - 磯崎哲也

WEB2.0的でないサービス・・・つまり月額4,000円というウェブサービスに対して非難が集中した。今流の考えならば、無料化してトラフィックを稼ぎ、広告収入でペイするのが当然とするところを、リアルと変わらない金額で会員制とした日経のビジネスセンスは最低だ、硬直した旧来の考え方だという批判だ。
確かに僕も無料だろうと考えていたから驚いた。

でも、磯崎氏の意見には頷けるものがある。
要らないものは1円でもタダでも要らないのだし、数あるニュースサイトに対して同じビジネスモデルでもって記事を提供しても、決まった市場規模の中でパイの取り合いをするだけになるだろう。
ましてネットがタダということになれば、新聞の購買者数にも影響が出る。
それを埋め合わせできるほどの広告収入が期待できるかどうかは、素人目にも怪しいと考えられるから、日経の取ったビジネスモデルは正しいように思える。
乱暴に言えば、そこに価値を見いだしたものだけが購入すればよいというマーケティングは、正しい。

これはWEB2.0批判のようにも見えるが、磯崎氏の解説にあるように、日経のビジネスモデルが「記事の提供」ではなく、「コミュニティの提供」だとしたら、あるいはそこで「市場と対話」することが日経の目的だとしたら・・・このサイトはSNSということになる。つまりはWEB2.0的な存在じゃないだろうか。

最近は「WEB2.0(笑)」というのもあるらしい(笑)ので、こちらの方々の意見もトレースしてみたい。

今日は、ここまで。

バズワード+「(笑)」

writer meijin writer 2010年04月19日 12:36

先週、息子が幼稚園に通うようになってから、急激に生活パターンが変わった。
早寝・早起きという生活は気分が良いが、あまりに急激だったので身体がついてきていない。
先週水曜くらい、おでこにデキモノが・・・と思っていたら、翌日にはノドが痛くなり、さらに翌日は歯が痛くなるという、体調不良を示すアラートが次々と出現。昨晩は鈍痛と格闘しているウチに疲れて眠ってしまった。。
歯が痛いのは、疲労や風邪の影響で歯茎が炎症を起こしているためだろう。

そんなワケで、今ひとつ思考回路がぼんやりしているんだが、「WEB2.0(笑)」についてまとめてみたい。

WEB2.0(笑)に限らず、昨今の「バズワード」に対する冷やかしだったり、そういう冷やかしの中で何かを論ずるための自虐的自衛策だったり・・・というのが「(笑)」ということのようだ。
大体、流行というもものは名が付けられ一般に認識された瞬間から風化していくものなので、それ自体は別段気にするほどのことでもない。
風化するのは、新しいもの→あたりまえのものに変化していくこと以外、伝播する課程で意味が湾曲したり劣化コピーされたりして陳腐化することもあるだろう。
バズワードという言葉も今は「(笑)」である。流行への感度、言葉の流通速度は今や光の速度だ。

そういう原理的なことから切り離して、WEB2.0に関して考えてみると・・・WEB2.0は本来ビジネスモデルを指す言葉ではないが、商材としてのWEB2.0という言葉が一人歩きし、様々な失敗作を生み出し、「(笑)」になったと言うことなんじゃないだろうか。

自分自身も含め、営業として数字を求められる立場の人間には、この現象がよく分かる。
とにかく、売れそうなものは何でも売らなければ食っていけない。特に3〜4年前なら、まだ戦略的WEB運用という視点が薄い(今でもか)中で、WEBの知識が無く無目的なクライアントにはWEB2.0という言葉は受けが良かったんじゃないだろうか。今よりは景気も良かったし。。。
流行語は、そういうふうに「売り手」によって消費される。

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ここからちょっと違う話。
結局、そのように商品化されたWEB2.0は今まで以上に沢山の広告を生活の中にもたらす。
だから受け手は「何もしないで、そのままが良いと思います」という。
故に誤解誤認により生まれたサービスの多くは「炎上」する。

確かに、売り手の誤解誤認が本来的な目的を歪めたり、明らかな過ちを犯してしまうことも多々ある。これを避けるための知識や知恵は必要だろう。
しかし、そうした間違いや過ちが必ずしも悪いこととは思わない。
それは、新たなアイデアの源にもなり得るからだ。

批判は結構だが、対案がないというのも多い。
「(笑)」的に斜に構えて、新しい事へのトライを躊躇う人が多いように思う。
失敗をたくさんする人は、挑戦の気持ちを忘れない人だろう。
逆に失敗をしない人は、挑戦をしない「(笑)」的人である。

知識量が互角なら、前者の方が経験に勝る。
これ、今の時代を生き抜くカギなんじゃないだろうか。

流行は予測できるか

writer meijin writer 2010年04月20日 11:47

バズワード関連のことをあれこれ考えているうちに、面白いサイトを発見。
理詰めの流行予測…ヒット商品とトレンド

僕をご存じの方ならおわかりの通り、こういうのは大好物。
結構ボリュームのある読み物なのでまだ途中ではあるが、興味深く面白く読ませていただいている。

僕も業界動向の予測とかはしているので、自分の予測パターンに当てはめて考えるとどうだろうか・・と考えさせられる。

今ところの我々の置かれた環境としては、広告費全体の下げ止まり感は出てきたものの、1プロジェクトに対する予算は相変わらず少額である。経済全体では、大幅なコスト削減努力によって企業業績は持ち直しているものの、小売での消費はあまり動いていないようだ。
実質的景況感としては昨年よりは良いものの、相変わらず低水準だ。

「理詰めの流行予測」では、リーマンショックのような外部要因の有無にかかわらず、消費者の心理的に好景気:不景気を生み出すサイクルというのがあり、さらに長期間にわたってゆっくりと起こる(おこり続ける)変化と相まって、流行に作用すると論じられていて、それは非常に合理的な見解だと思う。好景気の先端部分がバブル化するというのも、金融工学云々以前に、こういう視点で見るとわかりやすい。

この考えに倣えば、不景気の次には好景気が来るわけで、遅かれ早かれ景気は持ち直す。
少なくとも、世の経営者の多くはそう思っているだろう。僕もそう思っている。
問題は、長期的連続的に起こっている変化が何かということだ。

ここで考えてみたいのは、広告業界の動きだ。
リーマンショックを契機に激変した様相があるが、変化自体はそれ以前から続いていた。リーマンショックはそれを後押ししただけだ。
変化の原因はインターネットの登場と普及、それに伴う消費者行動の変化だ。

このことが、流行(業界動向)にどう作用するか、ということだ。

今、大手3社をはじめ、広告代理店はネット系の事業拡張に躍起になっている。
主な収益であった(レガシー)メディアで十分な収益が上げられなくなったためだ。
一方では「楽天市場」の好調、ヤフーやアメーバ、サイバーエージェントのテレビCMなどネット系企業の話題が目につく。
生活者は様々なサービスが無料で提供(広告を押しつけられるのと引き替えに)され、かつて無いほどの情報と便利さを享受している。
ごく大さっぱに言えば、経済も社会もインターネットに注目していて、一大トレンドを形成してる。つまりは流行しているのだ。

流行していると、皆が一様に同じようなことをし始める。それは非常にわかりやすく見えやすい変化で気を取られがちになるが、その裏側ではゆっくりと確実に何かが変化している。
WEB2.0の批判にあった「リアルを見ずに馬鹿騒ぎしている」ということ、何をもってリアルとするかが批判の内容と違うかもしれないが、確かにこのトレンドの先端部分にはあるようだ。中身のない人まね、粗製濫造の複製・・・
いや、形骸化したWEB2.0こそが、その先端のバブルと化しているのかもしれない。

ではこの先の広告業界、とりわけWEB制作の現場では何が起きるだろうか。
今はネットが流行しているからネットだ!と、皆が集まってきたその先には。

今こそ、我々の資産は何であるかということを見失わずに行方を定めたい。

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追記
このブログ書いた直後に、別の記事を読んだ。
マーケティング的なるものは人々をインスパイアしない—民主党の支持率低迷から考えたこと
真反対とは言わないが、過去の分析よりも感性だというテイスト。

マーケの話にはこれが常について回るけど、僕は過去データや集計は大事で、データ通りに作ったものは大失敗はしないけど大成功もしないと思っている。
感性だけに頼るのは間違いのもとだというのは、先の「理詰め〜」の方を支持する。
ただ、そこから成功に導くパターンは、ある種の「気づき、飛躍」が必要なんじゃないかと。
「マーケ的なる〜」の失敗例にあるゴールドマンサックスの「感性」の欠如は、「裏をかくためのデータ分析」に負けただけとも読めるじゃないか。
「裏をかく」というのは「感性(気づき)」、それを実行するのは「飛躍」・・・そしてそれは、成功を裏付けるデータが無ければただのギャンブルである。

リアルとネットと馬鹿騒ぎ

writer meijin writer 2010年04月21日 11:59

このところの自身のブログでもそうだけど、最近コレ系の話題が多い。

リアル or ネットはバカげた議論
急速に“ハイブリッド化”が進む、EC時代の消費者像

ECに限った話ではない。
生活におけるリアルとネットの距離は確実に近づいていて、融合をはじめている。
それが結果的に何かの「購買」に結びつくことはあるから、広く考えればECではあるけど。。

そのハイブリッドって、ユーザの視点に立って、行動をよく考えてみれば分かることでしょ。
今さら言うまでもなく、ユーザの行動は常にハイブリッドだったし、これからもそうだろうから。
情報端末の進化と、より詳細なマーケティングによって、さらに融合度合いは進むだろうけど、それもどの辺が認識の限界なのか。受け手はどこまで許容できるのか。この点には興味がある。


さて、こんな事を書いていると、また思い出されるのがWEB2.0批判「リアルを見ずに馬鹿騒ぎ」である。
送り手(売り手)の都合ばかりが先走って、受け手の興味が後からついてくる・・・しばらくはこんな事が繰り返されそうだ。
だんだんとWEB2.0批判で言いたかったことが理解出来てきたような。。。
本探して読んでみようかな。

クリエイティブのビジネスモデルを考える

writer meijin writer 2010年04月30日 19:23

我々のような制作会社は、作ってナンボ、手を動かしてナンボという商売である。
だが、おおよそのクライアントは、最終的に支払われるのは「納品物」に対する価格であって、労働の対価としては考えていない。そして、アイデアはタダというのが基本線である。

〜予算がないので、低予算ですむ素晴らしいアイデアをお願いします。

そりゃ、ギャグですよね〜・・・っと、まぁあんまり本気で受け取ってはいないが。。。
言ってる方は意外と本気だから怖い。

そのアイデアを、知恵を絞るのも我々の労働である。
その上、納品物として取れる金額が少ないというのだから、まったく無茶な話である。
なぜこういう事がおきてしまうのか、を考えるとき、僕が常々思う出すのは、今の日本のアニメ業界の惨状である。

原因は、テレビ局やスポンサーにビジネスの主導権があって、セル画描きたちは受け身の立場で言われるままに価格を下げていったからだ。
セル描きはビジネスマンではない。
労働の対価を主張するというのは、それはそれで別スキルだ。
セル描き職人は好きなことをやれればそれで良い・・・
という考えがあったから、言われるままになってしまったと聞いている。

デザイン業界がただちにそのようになと思っているわけではないが、
制作というのは最下流で弱い立場だ。それに、参入障壁の低い業態というのも作用して、競争が激しい。
だから上流の勝手を受け入れなければ、仕事がなくなるという危惧もある。
これは、まったくセル描き職人たちに訪れた悲劇と同じ環境ではないか。

だいいち、日本のデザイン業界はデザイン業として成立しているのではなく、印刷や広告のビジネスモデルの上に乗っかっているのがメインストリームだ。

印刷会社であれば、印刷機を回すことが儲け。
広告代理店であれば、媒体費を取ることが儲け。

つまり、これらの収益装置を稼働させるための付加価値・・・
抱き合わせ商品が「クリエイティブ」で「デザイン」だ。
収益装置を売るための付加価値だから、顧客に対しての魅力付けは重要だが、彼らの場合それ自体の収益は二の次だ。というよりも、コストでしかない。デザイン・制作力が売り物である僕らとは立場が違う。

本来のクリエイティブビジネスは、そうではなかったはずだが・・・今やそのビジネスモデルがスタンダードになってしまった。
このことを、ほとんどのデザイン制作の会社は理解していないんじゃないだろうか。印刷、広告業界に落ちる資金におんぶにだっこの業界だから無理もない。「立場が違う」と表明したところで、「だから?」と言われておしまいである。

そういうわけで、「アイデアはタダ」というのは、全くもって彼らのご都合であったのだが、今はそのことによって彼らの首が絞まっている。収益装置が壊れてしまえば、付加価値もへったくれもない。クリエイティブを価値化するにも、それを彼らはタダ同然でたたき売りにしてきたのだ。今さら変えようとしたって変わるはずがない。

現状、彼らの首が絞まると僕らの首も絞まるのだが・・・笑

だが、一蓮托生は御免である。彼らのビジネスを否定するつもりは毛頭ないし、良い関係を築いていきたいと思うが、一方的な依存はいかんということだ。
僕らは自分たちの脚で立ち上がらなければならない。僕らが自立してこそ、相互依存の良い関係が生まれるのだろうし、そういう時期に来ていると思う。
それが出来なければ、アニメ業界の二の舞だ。

クリエイティブと効率

writer meijin writer 2010年05月20日 12:55

クリエイティブ(サービスとしての。以下”クリエイティブ”)は、非効率なものだから効率化や生産性を求めるのは間違いだ・・・・

この業界に長年長年浸かっていると、これが暗黙の了解となっているように思います。
多くのクリエイターは仕事に追われ、時間に追われ、長時間労働を強いられながらも、それを環境として受け入れざるを得ない。生産性を上げることに直結する「効率化」という言葉には、正直うんざりしているということが一つ。
そもそもアイデアをつくるということが定型の作業ではないので、時間いくらという考え方を嫌うことが一つ。
そのアイデアをつくるために、実は業務時間以外も考えたり調べたりしているので、正確にどれだけの時間を費やしたかが計れず、生産性の指標となる時間が曖昧であることが一つ。

つまり、クリエイティブは非効率なものだから、生産性は無視するべきだし効率化はクリエイティブの下げると考えられているのではないかと思います。


はっきり言いますが、私はそう思いません。

理由は二つあります。

クリエイティブは芸術でもなんでもなく、ビジネスです。
効率よく仕事を進めるというのは、ビジネスに関わる者として当然の努めです。
「芸術性」を否定するものではありませんが、芸術作品をつくるのとは目的が違います。定められた品質目標があるのです。
品質を保つ、あるいは向上するということにどの程度時間が割けるかというのは、所属する会社の方針次第です。クライアントのニーズを満たすことが最低限求められ、その上で定められた時間内に最大のクォリティを追求することがベストです。
それ以上の時間をかけてクォリティを追求するのは、基本自由にやって良い部分ですが、会社にとっては直接評価の対象にはなりません。
つまり、その部分を直接評価するということは、の労働時間を会社が相手に売れるかどうかという問題なので、品質向上のための時間が増えるなら売値も上げなければならず、対象としているマーケットと合わない可能性が出てくるためです。これも会社の方針次第です。

したがって、非効率だから(あるいはどうせ残業代が出ないから・・)といって無尽蔵に時間を使って良いわけではなく、定められた業務時間内にベストの仕事をするというのがプロフェッショナルです。仮に、時間内に必要な品質(ニーズを満たす)に達しなかったと判断されたなら、そのときに時間外を使うことは、プロとして当然の努めでもあります。
効率よく時間を使うことはプロとして重要ということです。


次に、効率化と品質向上は相反しないと考えます。
ゼロベースでアイデアをつくるというのは効率化のしようがありませんが、果たしてアイデアはゼロベースでうまれるものでしょうか。答えは”NO”です。
新しいアイデアであっても、リソースは既にあるものです。そして、そのリソースをどのように反応させてアイデアに昇華するか、というメソッドを人それぞれがもっているはずです。
そのメソッドこそ、効率よくアイデアを生み出すための装置です。アイデアを産むメソッドを見直し、進化させていくことでスピードと質の両立は果たせるのではないでしょうか。

それに、業務時間外の過ごし方は大切です。業務時間というのは、自分のスキルを100%使うアウトプットの時間ですから、業務時間外にインプットしなければアウトプットのリソースは枯渇してしまいます。
インプットは必ずしも仕事について考えることではなく、生活者に戻るというのも重要です。

つまり、業務時間には最大限のアウトプットを行い、時間外は最大限インプットをしたいわけですから、業務時間内に効率よく時間を使うことが必然的に求められるのです。


経験則と慣習にとらわれず、良い仕事をするためにはどうすればよいかということを再認識すべきです。今や、国家的にも生産性の向上は重要課題であるのに、クリエイターだけは別枠でクリエイティブは非効率なものなんてノンキなこと言ってる場合ではないでしょう。

ウェブリニューアルプランへの想い

writer meijin writer 2010年06月01日 14:10

最近、せっせとブログを書いたり、ニュース的なものを追加したりしている当社のサイトですが、こんな風に運用の実験をしてみると、やはり色々な問題が見えてきます。

もともと片手間で実験的につくったせいもありますが、このサイトの構築当時はSEOやアクセス解析などに着手していなかったため、そういう側面からも情報設計が曖昧ですし、ウェブサイトでどのようなコミュニケーションをするかというプランが不在でした。
だから、折角運用をしてみたところで、成果が見えない。これでは、他社でもよくあるブログの運用が頓挫するのは当然で、多くのウェブサイトが抱えている問題だと思います。

当社のそんなダメなサイトでも、一旦具体的な目標をもたせて運用することで、どのような構造が必要になるか、ということがよく分かるようになりました。また、構造的な改善を素早く行うことが可能な基礎設計というのも極めて重要であると感じています。

コーポレートサイトは、コミュニケーションプランが重要です。
そして、そのプランに向けて情報設計を行い、効果検証をしながら改善していくことが重要です。
ウェブサイトの改善が売上げに直接結びつかないケースでも、この一連のアクションをしていくことには一定の意味があると考えます。
しかし、そこに莫大な時間つまりコストを割かなければならないとしたら、運用は止まってしまいます。効果を確実に上げていくためには、小さな改善が素早くできること、逆に言えばコストをかけずに改善を実行できるしくみである必要があります。

以前もPDCAについて少し触れましたが、このマネジメントサイクルはイノベーションを産みます。つまり、この行動の浸透が会社の資産になると私は考えています。

今、こうしてひっそりと実験的にブログを書いたりしている段階ですが、社員をいかに巻き込んでいくかということも含め、次の時代のコーポレートサイトとはどのようなものになるか、構想中です。このところ制作スタッフがフル回転なので、具体的な制作は少し先になりそうですが、自分でも楽しみでワクワクしています。

企業ウェブサイトの今後を考えてみる

writer meijin writer 2010年06月02日 21:22

自社サイトのリニューアルの計画もあって、これからの企業サイトのあり方についてあれこれ模索しています。

ひとつキーになるのは、これからは「個」の時代になるということです。
世間で盛んに言われはじめた「パーソナルブランディング」は顕著な例ですが、ドラッカーの著書「ネクスト・ソサエティ」にも、そのような示唆があります。

これは肉体労働から知識労働へ労働の主体・質が変わることによるものだと考えられます。

ですから、今後そうした知識労働である企業においても「個」が重視されるとともに、企業には「知の集合」としての価値が求められるようになり、それが今後企業のブランド価値につながるのではないかと思います。
そして、その企業の知を集合・集積していく装置、手段として、企業のウェブサイトが活用されるようになると、私は考えています。

具体的に何をすべきか、は、自社のサイトで今後試していきたいと思っています。


いずれにしても、次代の企業ブランディングにウェブが深く関与するようになることは確実でしょう。ですから、トップマネジメントがウェブに積極的に関与するような仕組みを、企業の中につくらなければなりません。また、デザイナーやコンサルタントといった外部の力をパートナーとして、意見を取り入れる環境も必要です。

今はあらゆるサービスにウェブを利用することが一般的になりましたが、活用といえる状態にある企業はまだまだ少数です。古くさい硬直した体質の、ウェブをコストとしてしか考えない企業風土では、有効な活用にはほど遠いでしょう。時代は大きく動いています。今は過去の看板や遺産でなんとか保っていても、そろそろ意識を変えるべき時だと思います。それを食いつぶしてしまう前に。

ナレッジワーカーとしてのデザイナー

writer meijin writer 2010年06月10日 12:40

デザイナーというと、いずれにしても一般には「技術職」と見なされていると思うのですが、「デザイン」という行為自体はかなり肉体的な疲労を伴うほど脳を酷使する仕事で、私はデザイナーはナレッジワーカー(知識労働者)だと思っています。

自分たちのスキルである表現技法や制作技術を磨くことはもちろん、時代を読み取る感性とステークホルダーとの調整能力が必要とされます。そのためにはデザインの領域だけでなく、ステークホルダーの立場や欲求を理解しなければなりません。社会や経済を理解した上でクリエイティブを行わなければなりません。

これまでは、表面的なデザインスキルのみで十分プロとして成立する時代でしたが、今やインターネットには「無料」のグラフィックソースがあふれ、これまた「無料」でウェブサイト(ブログ)を制作することが可能です。このような流れは今後より発展していき、表面的なグラフィック(ラッピング、装飾)としてのデザインには価値が求めにくくなるでしょう。

では、プロフェッショナルデザイナーは何を価値とすればよいでしょうか。
もちろん、オンリーワンのグラフィックを作成することという答えもあります。グラフィックデザイナーなしで仕事を進めていくのは不可能でしょう。プロとしてのグラフィッククォリティを求めていくことは以前にも増して重要です。

しかしながら、それがラッピングや装飾の域を出ないものであれば、そこに価値を認めるのは難しくなると思います。これまでデザイナーの特殊技能であった領域は、ソフトウェアの機能に吸収されて行きます。そのようにソフトウェアを扱う「技能」としてプロとアマチュアを差別化するのは、現時点でも既に困難です。
グラフィックの仕事では、報酬に値するか否かという境界がますます厳しくなっていくでしょう。誰の目にも明らかな品質の差を出せなければ、報酬に値しないと考えられてしまうでしょう。一般的な社会でのグラフィックに対する評価性は、それほど高いものでは無いのです。

だとすれば、デザイナーという職能のコア・コンピタンスは「考える」力にあるのではないでしょうか。「デザイン」の商業的な成功は、歴史的に見れば「ラッピング、装飾」による付加価値化だったようにも見えますが、私は違うと思います。そのときの価値は、ラッピングや装飾そのものの価値ではなく、それによってもたらされた”イノベーション”だったと考えます。

つまり、「考える」力によってイノベーションをもたらすことが、デザイナーという仕事の価値になるのだと、私は思います。
これは、デザインが本質的に知識労働であることを指し、かつ、本質的にコンサルティングの領域を含んだサービスだと言うことです。
クライアントの問題を解決するためには、その問題の本質に迫る能力が求められると思います。その知識とは、専門領域の技法・技術を知ることはもちろん、デザインが社会や経済と密接に結びついたサービスであることから、それらについても視野を広げる必要があるということです。そしてそれは、常に新たな知識を必要としているということです。

カスタマーエクスペリエンス

writer meijin writer 2010年06月11日 11:47

カスタマーエクスペリエンスとは、「顧客経験」「顧客経験価値」のことで、商品購入の際にさまざまな「経験」を同時に得ていて、顧客にとっての価値となっている・・・ということです。

リアルの購入シーンでは、店舗のデザインや雰囲気作り、商品の陳列・品揃え、接客などよって、顧客は様々な体験をします。商品の購入と同時に、それらの体験を価値と感じます。
またそれらの価値を感じるからこそ、商品を購入するわけですね。

オンライン(ウェブサイト)にも、そのような考え方が積極的に導入されています。
僕の大好きな(笑)amazonをはじめとしたショッピングサイトのレコメンド機能もそうですね。Googleで捜しているものが見つかることも、2語目のキーワード候補を出してくれることも、「もしかして」で表記の誤りを修正してくれるのもそうです。

企業サイトも、こうした視点から改善をしていくことが一つのトレンドになりつつあります。SEMとアクセス解析から、ユーザのモチベーションに合わせたサイトの情報設計・UI設計を見直していくことで顧客経験の価値を向上し顧客ロイヤリティを高めようということです。

ソーシャルメディアの利用も、こうした考え方の一環であると言えます。

いわゆるCRMとも似ていますが、CRMの主眼は企業側のマネジメントにありますので、利益という数字重視に陥りがちです。(というか元は同じ発想だった気もしますが・・・)
ウェブサイトの場合は、フロントエンドで顧客に接することになりますので、こうした考え方が浸透するのは必然でしょうね。

私たちも、ウェブサイトのユーザに素敵な体験をしていただけるサービスを提供していきたいと考えています。

理詰めのデザインとクリエイティブ

writer meijin writer 2010年06月15日 13:12

一般に、非常に感覚的なものと思われているデザインという作業は、実際には様々な仮説に基づく理論があって、その組み合わせで成り立っています。
音楽に楽譜があるように、視覚的に意図を伝えるための理論が存在するのです。

ウェブデザインの場合は、いわゆる紙媒体のグラフィック(デザイン)に比して、視(聴)覚的要素の多様さという表現上の長所がある一方で、ユーザ(視聴)環境の多様さと技術的要因から、グラフィックとは違った制約を受けます。

また、ユーザの流入経路の違いから、いわゆるレガシーメディア(テレビ・新聞・雑誌・屋外広告等)とは違うコミュニケーションプランを企図しなければならないという根本的な問題もあります。UI(ユーザインターフェース)が視聴環境に大きな影響を及ぼすと言うことも注意しなければなりません。これらを大きな括りで”情報設計”と言うことにします。

ウェブデザインの場合、ユーザのアクションをトレースすること(アクセス解析など)によって、情報設計の意図した効果を比較的容易に測定することが可能です。
こうした情報から、より効果的であるという実績が集まり、スタンダードやトレンドを形成します。

これらを基盤としたデザインには、「データによって導かれた」という説得力があります。これは非常に有力なもので、無視はできません。実際に期待される効果をあげるためにも、仕事を効率的に進めるためにも活用すべきものです。

ですが、データ一辺倒・・・データに示された範囲でしか考えられない思考になってしまうのはどうでしょうか。
ここから生み出されるものは全て均質な、同じものです。そこそこの結果は保証出来るかもしれませんが、それ以上には決してならない。新しい価値が何も生み出されない、退屈なものでしかありません。

世の中を見ると、データ主導のデザインと言った場合に、このあたりが誤解されているようです。データにしたがって作るのではなく、データから導き出された仮説に基づいてチャレンジする。そういう姿勢が大事なんじゃないかと思います。

私は、デザインは理詰めであって良いと思います。個人の勝手な思い込みや都合を持ち込むべきでないからです。デザインが美しいと感じるのは、それが理にかなっているものだからだと思います。隙のない完成されたデザインには、説得力があり感動があります。そこに新しい価値が生じます。
それを生み出す課程では、ある種(理屈から)の飛躍、跳躍が必要です。エゴイスティックな感性が、それをもたらすのかもしれません。これを普遍化していくのはデザイナーの能力でしょう。

理詰めのデザイン、データ主導のデザインというもののキモは、理論やデータによってジャンプ台を作ろう、そこからの飛躍を狙おうということだと思います。
この認識が欠けていると、ウェブデザインからクリエイティブな要素はどんどん消えて行きます。ウェブデザインの世界では、今制作単価の低下が深刻な問題となっていますが、それはクリエイティブな要求の低下と密接に関わっているのだと思います。

どうやって意識を変えるか:新たな価値創造

writer meijin writer 2010年06月17日 12:44

最近、コーポレートサイトリニューアルの案件が多いです。当社として得意な分野でもあって、個人的にも好きな仕事のひとつ。最近はUIの解決に加えてSEO的観点から情報設計を行う手法も取り入れています。

最近はクライアントの側からブログの設置を要求されることもあり、それはとても良いことだと思うのですが、話を詰めていくと、ブログを含めて企業サイトの運用という明確なイメージが無いように思います。何を書くべきか、誰がどのように書くのか、読者に対してどうレスポンスしていくか、という具体的な運用がオーサライズされていないことがほとんどです。

また、大抵はコメントやトラックバックの受付が無いなど、一方的な広報という意味合いで考えられているようで、メンテナンスに対する意識の低さと、いわゆる「炎上」騒ぎを極度に恐れているということが感じられます。

ツイッターに対しても、興味はあるけど怖い、だれがどう運用すしたらよいかわからない等同様の問題があり、企画段階で立ち消えてしまうことがほとんどです。

例えばサイトへのアクセス数アップが売上げに直結しない業種の場合、ウェブへの本質的な理解とウェブ的なコミュニケーションへのチャレンジを決意しないと、投資としての価値は見いだせないでしょう。
たとえば、企業ブログが広報ツールという使われ方から脱却し、ソーシャルメディアへの参加を意味することにならなければ、結局は「生きた」サイトにはならないのですが、この「生きた」サイトにすることの意義について、大抵の企業トップの方々は過小評価します。

ウェブサイトは無人の会社案内置き場ではなく、広告媒体でもなく、顧客とのコミュニケーションの場であるという事に考えをシフトして行かなければ、いつまで経ってもウェブサイトの資産価値は上がらないのです。
いわゆるWeb2.0的な考え方ですが、クリストファー・ロック氏らが1999年に発表した“クルートレイン”にある「市場は対話である」というのは、今や多くの人や企業が真実みをもって感じていることでしょう。
Web2.0であれ何であれ、ウェブのコミュニケーションが進化していることは事実です。これを特別なものと考えず、実際の営業活動で成果が上がる方法を持ち込める・・・つまり、顧客との対話であると考えることができれば、一歩前進できるはずです。

まだまだ、私の力不足でこのことを上手く伝えきれていませんが、コーポレートサイトの新たな価値創造に向けて努力を続けたいと思います。

ブレストの新手法?

writer meijin writer 2010年06月30日 23:58

今日は朝から仕事がてんこ盛りな一日でした。ブログ書く時間がこんなタイミングに・・・汗

あいかわらず色んな事を試行錯誤しながら進めてますが、ブレストで新しい手法を取り入れてみたのがそこそこ好感触でした。まだまだ改良の余地がありますが、手順はこうです。

まず、全体のアウトラインをリーダーが設定します。ブレストの結果、何を得たいかということを明確にしておきます。
次に、核になる問題(不確定要素)について、付箋に各自の解答を一つずつ書きながら、順繰りに記入していきます。発想が出尽くすまで繰り返します。
これらの付箋を、グルーピングしておきます。そして、核となる問題が関与する事項を別に記載したシートに、確定要素や関連するイメージを書き込みます。
ここに、先ほどの付箋で整理したワードを付き合わせて見ます。その中から、関連する要素のみを抜き取ります。
最期に、イメージ、確定要素、不確定要素を繋いで、結論を導きます。

この説明ではよくわからないと思いますが、ともかくこれを複数人でやると、独りよがりのアイデアになることをある程度回避できますし、デザインを構築していく中でコミュニケーションとして意図するところとイメージとして作っていくところを連携して考えられるので、かなり早くアイデアを作ることができそうです。

ブレストって意外と難しいと思うのですが、必要な変数のみに絞ってアイデア出しをすると、比較的楽になります。付箋に書き込んでいけば書記いらずです。ヒントは「問題解決手法の知識」という本から頂戴しました。時間のあるときに、この本もブログで紹介したいと思います。

企業サイトはナレッジベースになるか

writer meijin writer 2010年07月08日 05:59

アクセス解析とか、PDCAサイクルをまわすサイト運用を考えるとき、つまりはウェブマーケティングの問題を考えるとき、実はこれって経営そのものだよなぁ・・と常々思うのです。
もう、バーチャルとかリアルとか関係なく、マーケティングを真剣に考えるときウェブの活用なくしては考えられないし、マーケティングを真剣にやるというのは経営を考えることそのものなわけだから、そりゃそうだ、ってことなんですけど。

つまり、経営を考える視点とサイトを運営していく視点は基本同じ。サイト運営を考えてデザインするということは、経営を考えてデザインするのと同じって事です。

で、ウェブサービスでの強者を見ると、データ(ノウハウ)の蓄積と解析力、提案力をもったサービスを展開している。
もちろん、こうしたサービスとコーポレートサイトをまったく一緒くたに考えることはできないけども、コーポレートサイトも上手く活用すれば、つまりきちんと運営を考えていけば、経営とより深く結びつくことが可能なんじゃないかと思うのです。
データの蓄積と解析、改善提案が結果に結びつくと考えれば、GoogleやAmazonのようなサイトでもコーポレートサイトでも変わらないと言えるのではないでしょうか。乱暴に言えば、ですけどね。

今、コーポレートサイトのほとんどは名刺や会社案内のパンフレットのようですが、今後は顧客の声を聞くための有効なツールとなることでしょう。
沢山の声を集め、解析していくことから新しい製品やサービスが誕生していく。
なので今、自分の中ではコーポレートサイトが熱いです。そういうナレッジベースとなるコーポレートサイトを作っていきたいと考えています。

江ノ電と景観

writer meijin writer 2010年08月16日 21:06

先日の伊豆旅行で、息子はすっかり海が気に入ってしまった様子。で、クラゲが出る前に、と昨日鎌倉の海まで行って参りました。

鎌倉は生まれ育った横浜:金沢区のお隣なので、とても馴染みのある場所なんですが、息子を連れて行くのは初。妻とも結婚以来は行ったことが無いんじゃないだろうか・・・。海で遊んだということになると、大学の時にバイト先の友達と行ったのが最後だと思うから、まぁ兎に角久しぶりではあるんだけど、海沿いの雰囲気は相変わらずで、とくに懐かしいって感じでは無かったです。仲の良い友達に久しぶりに会った感じとでも言えば良いでしょうか。妙な安堵感みたいな。

お昼を江ノ島の磯料理屋で取りました。江ノ島は入り口付近が少し綺麗になっていたかな。展望台が新しくなってからは初めて足を踏み入れました。今回は上らなかったけれど、次回は新展望台を確認してみたいと思います。

その後、七里ヶ浜へ移動して海遊び。
ここは砂浜が狭いので海の家が無くて不便な反面、人が少ないのでゆったり遊べます。なので、サーファーは多いですね。一応公営(?)の有料シャワーとかがあるので、意外と使えます。

息子と海遊びとか、江ノ島で食事とかももちろん僕らの目的でしたが、もう一つの目的は「江ノ電に乗ること」。息子、江ノ電のおもちゃは持っているんですが乗ったことは無く、念願叶って江ノ電初体験です。これで、都電荒川線と間違えることもないでしょう。(妻に聞いたところ、荒川線を江ノ電と呼んでいたらしいので。分かる気もするけど・・)

行きは片瀬江ノ島まで小田急だったので、江ノ電デビューは江ノ島→七里ヶ浜間となりました。やってきた車両は前2両が「明治カール」の広告ラッピングバージョン。後ろ2両がいわゆる江ノ電グリーンの塗色になっていました。

なんでこんな混成にするのかと思ったのですが、子供の反応をみて気づきました。
編成全てラッピングだと、「江ノ電ぽくない」からなんですね、多分。「江ノ電」に乗ってる気がしないと。
最近は、同じ理由で新型車両もどこかレトロなデザインにしているみたいですね。僕が小さい頃にデビューした(当時の)新型車両も、塗色を変更してレトロな感じにしているようです。

古さ、懐かしさが価値をもつと、こういう事になるのか、と改めて思いました。
街並みと同じように、そこに生き続けているものですから、普段の利用者にはあまり分からないかも知れませんが、遠く(?)から来てみたら分かりました。
車両は老朽化するので、新型との入れ替えは必然だと思いますが、そこに懐かしさを楽しむ人たちへの気遣いが必要で、江ノ電は上手くバランスしているように思いました。新型車両のデザインも、ただレトロなだけじゃない新しさもあって、なかなか好印象です。
これもひとつの景観保護ですね。

新サイト準備中

writer meijin writer 2010年08月19日 19:33

http://cosmicengine.co.jp/
ようやく、会社の新サイトを準備中です。そして、作りかけの状態を公開していますww

最終のデザインイメージでは少し修正を加える予定ですが、ウチのK君に頼んで、とりあえずHTML5で表現できるものは画像に頼らずやってもらいました。なので、IE6だと悲しい事になっているようです。
ちなみにワープレを使っています。

これからコンテンツ入れて、徐々に作り上げて行く予定です。かなり実験的なプロセスだ。。笑
これでも直帰率は本サイトよりも低いという・・・うーん、笑えない。

最近、営業関連の書籍を読みあさっておりますが、それが一段落したら改めてウェブの技術系をおさらいしようと思っています。最近はマーケと企画の方がウェイト大きかったので。
HTML5とiPhoneアプリとアクセス解析とSEOと・・ウェブで最新の情報は得ているけども、頭の中でちょっと散らかっているのでまとめたいです。
あー、読書時間が欲しい!

常識ってなんだっけね〜

writer meijin writer 2010年09月01日 21:03

自分の経験のうちで、技として身に付いていくものは、何か別のものに取って代わられるまでは価値を持つ。
知識のうち、絶対的なかたちに近いもの、1次情報に近いものは価値を持つ。
でも、絶対的なかたちの無いものに関する経験、知識は、常に見直さなきゃならない。

例えば、会社組織。例えば、社会。例えば、仕事。
今までの経験上の「常識」は、通用しなくなることがままある。
それなのに「私の経験」「私の知識」がさも絶対の様に振る舞う人物の、なんと多いことか。その情報、更新されてないでしょ?ってケースがよくあるんだよね。

15年前、デザイナーがパソコンで仕事をするのは当たり前じゃなかった。ウェブデザイナーも居なかった。
でも、今は常識。15年後、どうなっているかは分からない。

デザイナーの仕事の定義は人それぞれだろうけど、デザインの定義は時代と共に揺れ動く。
既存のデザイナー像に縛られてる人は意外と多いみたい。
時には、常識を疑うことも必要。デザイナーに必要なスキルは、今後どうなるのか。その目で見て、その肌で感じて、考えれば良いのに。
デザイナーが、そんなにアタマ堅かったらダメだと思うんですけどね。どうでしょか。

WEBの仕事は氷山的

writer meijin writer 2010年09月02日 21:28

フリーだった頃はもちろん、会社設立してからもしばらくは「WEB屋」という自覚はなくて、グラフィック屋ですよ〜と言っていたのですが、最近WEB屋としての自覚を強く持つようになりました。

なぜなら、WEBが面白くなったから。

それまで、正直あんまり面白いと思ってなかったんです。紙モノと違って表現が薄っぺらくて、文字組も出来なくてフォントも選べなくて・・・障害だらけに思えたので。

意識が変わった切っ掛けは、とあるSEMコンサルタント会社で某クライアントとミーティングをしたときでした。
そのときは、リスティング広告の反応から問題把握と解決策のレポートを用意されていて、クリエイティブ(リスティング広告なので言葉ですが)に対する反応が定量化され、改善策へと向かうプロセスを目の当たりし、心が動きました。

WEBの世界では今や当たり前ですが、こんなにマーケティングと密接に、緻密に関わるクリエイティブって、他にないように思います。マスマーケでは定量化はされるんでしょうけど、なんせマスが相手だけに単位が大きく、計測方法もマス的なので、緻密さと言うところではウェブの方が上でしょうね。
これまで僕らが関わってきた仕事の中では、そういう定量的な評価基準というのがなくて、今ひとつぼんやりとした世界だったように思います。
これを知ると、企画も制作も目標が定まりますから、やりがいも強いし楽しくてしょうがないのです。

ただし、仕事量は膨大に増えます。
これまで表面をつくれば良いだけの仕事が、データ的裏付けを取り、企画立案し、最適な技術要件を見極め、SEO対策を施し、アクセスログを取り・・場合によっては広告展開まで考えることになります。
ビジュアルデザインとしては、ほんの少しの仕事でも、裏側に横たわる仕事は本当に多い。最新のトレンドや利用可能な技術の調査から含めれば、気を抜くヒマが無い世界です。
クリエイティブももちろん大切ですが、以前よりビジネスロジックが強く求められるところが、今のWEBデザインの魅力なんですね。

それだけにプロジェクトを成功させる喜びは大きいです。
ビジュアルの表現だけに注力するよりも、個人的には好きな領域ですね。

デザインとは○○である

writer meijin writer 2010年09月15日 21:24

会社サイトのリニューアルプラン、牛歩戦術(なつかしい?)くらいの速度で進んでいるのですが、直近の会議では哲学的に「デザインとは○○である」というのを考えてみたのです。

これがきちんと説明できることは、デザインを理解していることであり、理解した上での説明であれば、顧客にも私たちの価値を納得していただけると考えたからですね。
デザインというのはまた顧客の理解も立場やビジネスの内容によって、意味も価値もバラバラなように思います。デザインを提供する当のデザイナーでさえ、上手に説明できる人は少ないと思います。

僕自身も親戚とかに仕事の説明をするときには、
「コンピュータでカタログとかパンフとかホームページつくってます」
と答えてしまいます。
恐らく、誰もが知っているであろう成果物としてのデザインを示すことで、
わかりやすくなるだろうと考えるからです。


でも、それで良いのか?
という疑問を、最近持つようになりました。
実は、自分自身があまりデザインを理解していないんじゃないだろうか、
という自分に対する疑問です。

お客様は、我々の提供するデザインというサービスの何におカネを払っているのだろう。
どういうサービスを提供するのが、本当にお客様の役に立つことになるだろう。

この問いの答えは、「デザインとは○○である」ということを、
誰にでもわかりやすく説明することの中にあるのではないか、という予感があるのです。


さて、この問いについて、社内で話し合ったところでは
「デザインとは モヤモヤしたものをカタチにする ことである」
というのが、比較的わかりやすい結論のようでした。
「モヤモヤをスッキリさせる」
でも良いかもしれません。

「デザインとは 恋愛(のようなもの) である」
なんていう素敵な意見もありました。

どちらも抽象的表現で、さらにかみ砕いて説明する必要はあると思うのですが、この二つの意見はデザインの表裏を示しているようで面白いと思います。

前者はどちらかというとビジネスロジックの部分で、
クライアントの抱える問題を解決する役割。
後者(恋愛)は、アート性やエンターテイメント性など、
デザインの最終的な受け手との関係を示していますね。

まさしく、その両面を兼ね備えたものがデザインだと思います。

このふたつの面をわかりやすく説明することを通して、デザインの役割や価値への自分たち自身への理解を深めるとともに、お客様に対しても我々の能力と関わり方についてご理解をいただけるようになると考えています。

執筆は未だに得意ではないのですが、自分にとって良いチャレンジなると思い、ちょっとワクワクしてもいます。

イレギュラーワーク

writer meijin writer 2010年09月17日 22:39

昨日のブログでも触れましたが、「『朝に弱い』が治る本(鴨下一郎氏:心療内科医|PHP文庫)」を読んで睡眠のメカニズムが理解できたので、早速今朝から試してみました。

昨晩は日中の打ち合わせ行脚が影響して終電で帰る羽目になり、いきなり厳しい条件でのスタート。帰って食事して読書して・・で、2時頃に就寝。涼しい気候のおかげですんなり寝れはしましたが。

最近、目覚ましをかけなくても大概は7時半くらいに目覚めているのですが、そこから2度寝するのがパターンになっていました。
本によると、2度寝はかえって調子を悪くするので、目覚めたら辛くても起きる!ということを心がけるように書いてありました。
なので、今朝は目覚めたら起きる!を実践。

今朝は、いつものように7時半に目覚めました。
睡眠時間を考えると、もう少し寝たいと思うところですが、ここは気合いを入れて計画実行です。
久々に軽く筋トレをして、シャワーを浴び、とりあえず意識ははっきりしてきた感じです。
息子の相手をしながらしばらく過ごし、9時に妻と一緒に息子を幼稚園に送り届けてから出社。

毎週金曜の午前中は読了した書籍や仕事の振り返りをしながら、ゆったりと過ごします。
うん、ここまではなかなか良い感じです。午前中は電話も少ないので色々なことに集中でき、早く起きるのはやはり良いものだと思います。


ところが。


午後は、もう滅茶苦茶眠かったです。というか、途中意識が無くなってました。
今日は仕事も細切れに色々入ってしまったので、なかなか集中ができません。やっぱり睡眠不足は仕事の敵ですね。遅くとも9時くらいには退社しないと、早起きペースを維持するのは難しそうです。

ワークライフバランス。

大事だと思います。
残業が多くなって、仕事の能率が落ちるというのは、あらゆる意味で無駄が多い。
はやく残業ゼロの体制に持って行きたいですね。

残業ゼロとワークライフバランスの話はいずれまた書きますが、
実は今日の仕事に集中できなかった理由は他にもあります。かなり大きい理由が。

それは、明後日の「撮影」です。
なんとカメラマンとして行くことになっているのです!!

案件の話を聞いたところ、とてもプロのフォトグラファーを手配できる予算ではなくて、まぁ軽めの撮影なら・・・ということで引き受けてしまいました。

ところが、事前の打ち合わせで話を聞くと、結構ガチでクォリティ求められているような・・・
僕もプロのデザイナーとして、断るべきかどうか迷ったのですが、ちょっと久々に緊張感のある現場で楽しんでみようかと思い、やることにしました。

まぁ、一応撮影の心得はあって、人物撮影(ポートレート)も趣味的な仕事という範疇で少し撮っていたので、構図とライティングの基礎はあります。
シビアなブツ録りや芸術的なポートレートは無理ですけど、スタジオさんも付くみたいなんで大丈夫!と自分に言い聞かせてます。

いや、撮影って、結構緊張するんですよ。
モデルさんとの関係づくりもあるし、呼吸が合わないと良い写真撮れないので。
それに、カメラの小さな液晶で確認してOKだと思っていたのが、現像してみると意外と良くなかったり。
過去のそういう経験がプレッシャーになって襲ってくるんですよね。
こればっかりは、機材が良くてもどうにもならないのです。

その上しばらく撮影してなかったので、今日は構図とかライティングの参考資料に目を通しておこうと思っていたのに、なかなか時間が取れず(眠いし)イライラと・・
そんなこともあって、今日は集中力ボロボロでした。

明日も子供の幼稚園のイベントとダンスで時間がないので、かなりぶっつけで行くことになりそうです。
それでも、たまにはこういうイレギュラーなドキドキ感も悪くないですね。久々のポートレート(ブツ録りもあるという素晴らしさT_T)なので、気を取り直して楽しもうと思います。モデルさんもカワイイので。笑

手に職とはいうけれど

writer meijin writer 2010年09月24日 23:01

デザイナーなんて仕事してると、世間の、ちょっと知った人からは「手に職があって良いねぇ」と言われるんですけどね、もう、手に職なんて幻想に近いなぁ・・・と。

確かに、オペレータとは違う特殊スキルがあることは確かです。
でも、ほとんどの場合で、それは正当に評価されません。こう言っちゃオペレータさんに悪いんですが、扱いは一緒。デザイン読めない人相手にしている限りは、一緒なんです。
デザインってのは言語ですからね、英語読めない人に英語の文章評価しろって言っても出来ないのと一緒で、デザイン読めない人にデザインは評価できない。
どんなに良い仕事したって、そう言う人たち相手にしている以上は、オペレーション以外の価値は無いってことです。

だから、この土俵で戦う以上は、デザイナーは感性やデザインスキルだけあってもダメで、説明能力が必要です。しつこいくらい理論で固めて、相手にわかる言葉に翻訳してあげなきゃ全ての仕事は徒労に終わります。
企画で納得させても、プレゼン能力が高くてもそれだけじゃダメ。デザインが読めない人々に対して、企画書が一人歩きしても説明するに困らないくらい材料を与えてあげて、はじめて仕事が成立するのですから。

それができなきゃ、デザイナー的に良い仕事したって欠片も尊敬されません。


まぁ、日本じゃ専門教育受けた人以外ほとんどがデザイン読めませんから、これは仕方のないことですけどね。


そういうわけで、デザインのスキルは大して稼ぎにならないんですね。ホント、手に職なんて言ったって小遣い程度にしかならない。ましてや、デザイナーはじめフォトグラファだってライターだってこの手の労働はみーんなコモディティ化してますしね。この流れは仮に不況終わってもしばらく止まらないでしょ。不況も終わらないしね。


ってことで、稼ぎになるのは、もっぱら知識と説明能力と(あと行動力かな)いうことになるんじゃないですか。


皮肉にも、デザイン能力自体は非常に求められる時代になる・・いや、今だって求められているはずなんですけどね。今、ネット広告をはじめ数字主導になりすぎてますからね。それで、不確定要素の多いクリエイティブを軽視する流れが強い。いずれ反発が来ますが、それまではしばらく時間が掛かりそうです。

本当は、今クリエイティブに、少〜しばっかりおカネを使えば、ヒットをする可能性は非常に高いのですけど。中小企業にとっては、めちゃくちゃチャンスありますよ。今の時代。
これも日本的なところで、そういう冒険をする人は少ないですね。

僕らとしても、そういう冒険してくれるクライアントを捜さなきゃならないですね。
仮にそんなクライアントが見つからなくても、いずれデザインが評価される時期が来ます。
だから、しばらくカネにならないとわかっていても、刃がさびないように研いでおかなきゃならないんですね。


・・・で、結局は「手に職」回帰かっていうとそんなことはなく。パソコン上で作り始めたところから、手に職だった時代は終わったんじゃないですか。

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