スマートグリッドの向こう側
水曜から3日間、スマートグリッドジャパンに足を運びました。
僕は一日2〜3セッションしか聴講しなかったんですが、それでもこの分野への期待感の大きさを肌で感じることができました。
今、スマートグリッドに関連した話題の本を色々と読んでいます。ネットでさまざまなニュースも調べてみました。
一般に、スマートグリッドの効用は良い面ばかりが強調されて語られます。それは、政策上の都合であったり設備やサービスを供給する側の都合が大きく作用しているからでしょう。
しかし、少し裏側の事情を探ると、色々とネガな要素も出てきます。
例えば、太陽光発電の経済効率について。
確かに、発電の元となるエネルギーは太陽ですから、無尽蔵でタダで供給されます。製品化されたものとしては、エネルギーの変換効率は最高で20%程度だそうです。元のエネルギーはタダですから、多少変換効率が悪くても仕方がないように思えます。
しかし、製造過程でのエネルギーはどうでしょうか。太陽光発電のパネルを製造する際に必要なシリコンの精製に、大変な電気エネルギーを使わなければならないと言います。
こうした部分を勘案すると、実質のエネルギー効率がどのように計算されるべきなのか、また本当にエネルギー事情が好転するのか気になってしまいます。
こうした例をはじめ、再生可能エネルギーの利用にはまだまだ課題があり、根本的な解決策は今後の研究開発に委ねられているのです。スマートグリッドを導入さえすれば、今すぐ問題が解決されるわけではないのですね。
ですから、スマートグリッドは意味がない、などとする意見は早合点すぎで意味がありません。現在はまだフレームワークを模索しているところであり、こうした分野への投資が積極的に行われることで、問題解決につながっていくのだと思います。
今はさまざまな関連技術が発展途上であっても、とりあえず「やってみる」の精神で前に進むことの方が、立ち止まって考えるよりも重要なことのように思えます。
今回の講演を聴いて印象的だったのは、スマートグリッドという構想はコミュニティに向かう意識が強いと言うことです。
メーカーの方からも、個別技術や製品に留まらず、コミュニティ形成に寄与するということを意識した発言がありました。
僕らが若かった1980〜90年代は、個に向かう意識が強く、インディビジュアリティを売りにした製品が大変にヒットしたのを覚えています。それは機械の小型化、個別化がもたらした生活意識や価値観だったと思います。
情報化時代、とくに機械がネットワークできることが当然という時代になってから、あらゆる事が20世紀初頭の機械化時代とは逆の方向に進み始めたのだなぁと、最近あらゆる場面で感じるようになりました。
それはとても良いことだと思います。
環境問題や資源問題、あるいは経済問題など、あまり明るい未来が見通せない時代ですから、せめて人や地域とのつながりくらいは幸福なものであって欲しい。
今のところ、息子たちの世代に残していけそうなのは、それくらいしかなさそうですから。

