時間投資を甘く見るな
人生も半ばを過ぎる年になると、残りの時間を計算するようになるみたい。
相変わらず早起きは苦手だけども、以前よりは早く起きるし、基本的には無目的な時間を過ごすことが少なくなったと思うのです。
経営においても、その辺のところが分かってきました。
結果を求める時間の使い方はもちろん、時間の使い方の善し悪しが評価に結びつくと感じています。なぜなら、時間効率を上げ、密度高く仕事をする人は、自ずと成果を出すことができるからです。これ、成果という目的からの逆算でもあるのですが。
組織のありようも、この10年くらいで随分様変わりしたと思います。
僕は15年前くらいの社会人デビューになりますが、当時勤めた会社をはじめ、よほどの企業でなければ会社内に十分な教育制度は無かったと思います。
習うより慣れろ、仕事は見て盗めというのが常識でした。
でも、今は違います。
それは、日本の産業構造が変わったことを意味しているようですが、ともあれ、僕らの仕事は製造に重きを置いたものから知識やノウハウといったナレッジに重点が移り、またビジネスのスピードがどんどん速くなることで、会社組織には社員の教育という考え方が必要になりました。
以前のように「見て盗む」ような時間を待っていてはスピード負けしてしまいますし、社員もより教育の充実した=自分を高めてくれる会社を求めるようになったからです。
ですから、会社には社員を教育する時間が必要ですし、社員もまた自分の時間を有効に使う意識が重要になってきます。
生産が量から質へと変化していく中で、良質なアウトプットを生み出すためにはインプットの量や質が重要だからです。
インプットのための時間を確保すること、つまり時間への投資という意識を、会社も社員も共有しなければならないということです。
それ以前に、投資という考え方が日本人には理解がえがたいものでもあるようですけど。

