心を亡くすと書いて・・・
心を亡くすと書いて「忙しい」ということ。
本当に、そうだと思います。だから最近、極力「忙しい」という言葉を使わないようにしているのですが。
独立してから、かれこれ10年になりますが、思えば「忙しい」を理由に色々なことを犠牲にしてきた気がします。
いや、自分だけじゃなく、社会自体がそうなんだとも思います。
「何のために」人は生きるか、という目的が仕事の目的に支配されてしまい、人間らしく生きるための心を亡くしているんじゃないでしょうか。心を亡くしたら、人は人でなくなってしまいます。
未だに、月月火水木金金を是とするような風潮がある(先日本屋でふと立ち読みした本の冒頭にそのような下りがあったので)ことは、日本の企業社会という風土がいかに根強く、社会自体が企業への帰属意識を強く求めるものであることを証明する一方で、非正規労働者に対する企業の冷遇が顕在化し、コストカットと称して大規模な解雇(労働の商品化の顕れ)を平然と行うような企業経営のありようには、非常に危機感を覚えるのです。
日本経済の復活を考えるとき、こうした「能力主義」を笠に着た企業の、「人格への無関心」を排除することなしには考えられないのではないでしょうか。
人を人として尊重するとを忘れるならば、企業の価値は社会に認められるものとはならないでしょう。人が心を忘れてしまうような企業・経済主導の社会を是とするような風潮を今一度見つめ直し、人間にとっての幸福のあり方を、企業の中から考え出していかなければ、日本は本当に強い国にはならないのです。企業は「まずは経済」ではなく、「幸福とは何か」を考えなければならないのではないでしょうか。
今、社会は静かに動き出しています。
そのことを敏感に感じ取り、来るべき未来に向けた準備を、今こそ始めるべきなのだと思っています。

