クリエイティブの効率化とは2:許すべき非効率と全体最適による高効率
相変わらず、核心の周囲をぐるぐると回っている感じではあるんだけど、結局何をもって効率的と言うかで変わってしまう部分でもあって、議論の対象を細部に区切ってしまえば、非効率的にならざるを得ない所も当然発生するわけです。私の「効率的であるべき」は、全体の最適化というイメージが多分にあるので、では部分を区切った時、非効率が許されるべき部分とは何なのか、先週末のブログで出した話題からの発展を試みることに。
時間あたりの生産性として効率化を考える場合、分業化と規格化がもっとも有効であると考えられます。作業単位を最小限にし、イレギュラーな作業を排除することで熟練までの期間が短く(熟練を不要とする)なり、生産効率が上がるというモデルですよね。ただし、このモデルが労働者の精神的衛生を著しく悪化させ、また疎外化された労働を生むことはこれまでの労働環境に関する研究からも明らかで、そのことは先日のブログで触れました。
私たちの仕事においても、部署毎にセグメントされ、自由裁量のない仕事は効率が良いように思われますが、結果的には逆のようです。
クライアントや上流工程のスタッフと、下流工程を受け持つデザイナーが協調して作業をできる環境というのは、モチベーションを高めアイデアを活性化し、健全な労働環境を保つという非常に重要な働きがあると考えられます。
時間的に一見無駄なようでも、協調のために時間を割くことを省いてはいけないし、分業の範囲についてもそれぞれが自身の裁量で動ける幅を、許される限り確保した方が良いということです。
これまでブログで触れてきた効率化という言葉の中には、上記のような前提があることを言わなければならないでしょう。単純に価格競争で優位に立つための生産性向上ということではないのです。
この先は、(多分)過去にブログで触れてきたとおりです。
勘や経験則だけに頼った方法を見直し、高効率なアイデア作成のメソッドを構築することです。このメソッドの中には、前述の「協調作業」が大きく含まれます。これは、全体効率の向上と最適化を目指すと言うことに他なりませんが、このことはクリエイティブにおける「生産」が「製造」的活動のみを指さず、イノベーティブな領域を含んだ活動であること再認識させるのではないでしょうか。

