経営人材の枯渇、ね。そりゃ、データでは解決されないからさ。
JAL問題で露呈した、日本の経営者人材の枯渇“ギリギリの判断”ができる「経営のプロ」が日本企業を変える
確かに、「稲森さんかぁ」という妙な納得感と同時に違和感を感じたものだ。
経営人材の枯渇という意味では、トヨタの社長人事もそう。結局、優れたビジョンや戦略の提示と実行を、責任をもって出来る人がいないということなんだろう。事なかれ主義の衝突嫌い、右向け右の国民性は、こういう時代には弱い。
ジオスの倒産も、興味深い。ここ数年の財務諸表がみれれば面白いんだけど。
こっちは経営の問題とともに、景気後退で日本人の英語習得に対する意欲が薄れている(意欲はあっても金がないのか)のかもしれない。消費も巣籠もりなら、国民も企業も日本の中に巣籠もり。こうしている間にも、日本企業の国際競争力は低下してるように感じる。
大体、中小零細企業の経営者は勢いで動くゴリゴリ主観タイプか、自ら積極的に動くことをしない受け身タイプのどちらかだ。また、営業と経営を混同しているひとも見かける。
僕自身の経営スキルがいかほどのものか、全くもって自信があるわけではないのだが、少なくとも会社を創った頃に比べれば、当然のことながら遙かに経営的な視点というものがわかるようになった。
経営で大切なのは、長期的には向かう方向を見誤らないこと、短期的には直感と勇気だと思う。
直感というのは、何もないところから突如与えられるものではない。さまざまな情報に触れ、肌で感じているうちに、常に基底にある経営のテーマや課題にあるタイミング・瞬間に融合し現れる。
その直感は、だからほとんどは裏付けのとれるものだ。説明を付けるための材料は、この時点で容易に集めることが出来る。
データや情報を改めて集め、同種のサービスやビジネスモデルとの比較検討を行い、市場価値ある、魅力あるサービスであるかを検証、同時に収益も検討する。その上で実行に移す。
まぁ、こうしてフローにすれば、ごくフツーの行動パターンである。
ごく当たり前のことだが、これを当たり前として考え、動くことが意外と難しいのである。
経営もマーケもSEOもデザインも、学習も趣味も生活も人生も、ひとの考えの根っこは同じである。
最近の言葉でいえば、全てPDCAサイクルがあるかどうか。
で、その最初の"P"はデータから導かれるのではなく、直感的に与えられるものだってこと。この直感を得るためにデータを読む力は必要だけどね。これは逆説的でも何でもない。
つまりは、そういうことなんじゃないだろうか。

